イソフラボン-エストロゲンレセプター複合体のモデリング

内閣府食品安全委員会のリスク評価結果の解説 | 食品安全委員会 - 食の安全,を科学するには,「大豆イソフラボンを含む特定保健用食品の安全性評価について」という項目がある.
その「大豆イソフラボンを含む特定保健用食品の安全性評価の基本的な考え方」には,大豆イソフラボンの活性として,エストロゲンレセプターを介する作用,トポイソメラーゼ阻害作用,および甲状腺ペルオキシターゼ阻害作用が挙げられている.
ただし,大豆及び大豆イソフラボンに関するQ&A | 食品安全委員会 - 食の安全,を科学するによると,その活性は,通常の食生活ではあまり問題にならないということである.筆者は毎日大豆製品を摂っている.

「エストロゲンレセプターを介する作用」というのは,「生体内でエストロゲンレセプターに結合し,生体作用を発揮する」ということである.
ステロイドとイソフラボンが似ているのか? という疑問を解決するために,イソフラボン-エストロゲン受容体β 複合体の分子モデルを構築してみた.
現在開発中の Builcule 11 では,イソフラボンと受容体とがどのような相互作用をしているのか解析する機能を強化する予定である.

インフォメーション

目次(ページ内リンク)


初期構造の入手と構築
イソフラボンのコンフォメーション解析
イソフラボン-エストロゲン受容体モデルの作成

初期構造の入手と構築

イソフラボン

イソフラボンの構造式

まず,PubChem から Isomeric SMILES を入手した.

入手したイソフラボンは,以下の 5 種である.
これらの構造式を画像で示す.

立体構造を発生させた手順を略記する.
まず,Isomeric SMILES を列挙したファイルを Chem.SmilesMolSupplier() を使って開き,Chem.Mol インスタンスのリストを作成した.
次いで各 Chem.Mol インスタンスに対して Chem.AddHs() で水素付加した後,AllChem.EmbedMolecule() で立体構造を発生させた.
つまり,エネルギー計算をしていないコンフォーマーを 1 個発生させたわけである.

エストロゲン

エストロゲンの構造式

エストロゲンも同様に入手した.
入手したエストロゲンは,以下の 4 種である.構造式を画像に示す.

最大共通部分構造

エストロゲンとイソフラボンの最大共通部分構造

似ているとしたらどの部分かを図示するために,rdkit.Chem.rdFMCS モジュールの rdFMCS.FindMCS() メソッドを使い,最大共通部分構造を探索した.
試料は,構造式を示した 5 種のイソフラボンと estrone 以外の 3 種のエストロゲンである.

「左端」のフェノール基,「右端」のヒドロキシ基(またはカルボニル基),およびこれらを繋ぐ炭化水素領域が重要なように見える.

エストロゲン-受容体複合体の単離

エストロゲン-エストロゲン受容体β複合体

複合体の構造は,RCSB PDB: Homepage から 5TOA を入手した.
タイトルをみると,"Crystal Structure of ER beta bound to Estradiol" と書いてある.エストラジオールとエストロゲン受容体βとの複合体である.

画像は,本サイトで開発している分子モデリングソフト Builcule を使い,複合体を 1 個単離したところである.
エストラジオールは空間充填で,それ以外は針金で表示している.
この複合体のエストラジオールを,イソフラボンとの比較対象とする.

エストラジオールの単離

エストロゲン-エストロゲン受容体β複合体から単離したエストラジオール

画像は,上記複合体から単離したエストラジオールである.棒球様式で表示している.
平面的な構造であった.ただし,メチル基が平面から直立している.

エストロゲン-受容体複合体のエストラジオールとイソフラボンを入れ替えれば,イソフラボン-受容体複合体モデルが作成できる.
イソフラボンとエストロゲンの構造を比較するならば,次の点であろう.


イソフラボンのコンフォメーション解析

ヒドロキシ基間の距離

まず,エストラジオールの 2 個のヒドロキシ基と,対応するイソフラボンのヒドロキシ基間の距離を比較した.

単離したエストラジオールについては,そのまま Builcule で測定した.
立体構造を発生させた各イソフラボンについては,MDL MOL 形式で出力し,Builcule にインポートして,OpenBabel の機能でエネルギーを極小化し,距離を測定した.
結果を表に示す.これらの値の差異は,C-H 共有結合の距離よりも小さい.各イソフラボンとも,エストラジオールに近い値を示した,とする.

分子距離(Å)
エストラジオール12.0565
ダイゼイン12.0142
ゲニステイン12.0125
グリシテイン11.9788
エクオール11.9249
クメストロール11.3285

フェノール基の回転について

原子にインデックスを付けたダイゼインの構造式

冒頭で挙げたイソフラボン 5 種 のうち,クメストロール以外の 4 種は自由に回転しうるフェノール基をもつ.
画像は,原子にインデックスを付けたダイゼインの構造式である.5 と 6 のあいだの単結合が自由に回転しうる.
この回転により,イソフラボンは平面的なコンフォメーションを取らないかもしれない.

エネルギー極小化後のクロマン基とフェノール基の二面角

エネルギー極小化後の二面角

ダイゼインの 4-5-6-7 の成す二面角を 0 〜 179 度のあいだで 1 度づつ変化させて初期構造を作成し,分子力学計算でエネルギー極小化し,二面角を測定した.
一連の作業は RDKit でおこない,エネルギー極小化にはメルク分子力場(MMFF)を使った.

画像はその結果を散布図にしたものである.横軸が初期の二面角,縦軸がエネルギー極小化後の二面角である.
二面角は約 50 度と 約 130 度に収束しているような図であるが,フェノール基の回転対称軸に関する回転なので,実は両コンフォメーションは区別できない.
絶対値の小さい方を取って約 50 度と表現する.
同様の作業でゲニステイン,グリシテイン,およびエクオールの二面角を測定した.
クメストロールは,Builcule にインポートして OpenBabel の機能でエネルギーを極小化し,距離を測定した.
表にコンフォーマーを一つ選んで測定した値をまとめる.

分子二面角(度)
ダイゼイン49
ゲニステイン-51
グリシテイン50
エクオール56
クメストロール0

各分子で二面角は一致しなかった.
クロマン基とフェノール基の二面角が,おおよそ -50 度または 50 度程度が,イソフラボンの安定コンフォメーションかもしれない.


イソフラボン-エストロゲン受容体モデルの作成

このセクションのモデリングには,Builcule を使った.

ダイゼインとエストラジオールとの重ね合わせ

ダイゼインとエストラジオールとの重ね合わせ

単離したエストラジオールとイソフラボンとを重ね合わせてみる.
上のセクションで,原子にインデックスを付した図を掲げたので,ここではダイゼインで説明する.エクオールなどでも同様の結果が得られた.

エネルギー的にどうかとも思う(計算結果を得ている)が,エストラジオールが平面的な構造であったので,ダイゼインも平面的なコンフォメーションにした.
すなわち,クロマン基とフェノール基の二面角(原子にインデックスを付した図では 4-5-6-7 が成す二面角)を 0 度にし,
左端のフェノール部分と右端のイソプロパノール部分(インデックスは 17,15,14,13,10,9,16,18,1,2,3 であるが順序は怪しい)を最小二乗法で重ね合わせてみた.

画像は,重ね合わせたときのようすである.赤色がエストラジオール,青色がダイゼインである.
眺める方向を変えた画像を 2 個縦並びにした.
イソフラボンがエストロゲンレセプターに結合するなら,平面的なコンフォメーションかもしれない.
結論ではなく,考慮しておくとする.

イソフラボン-エストロゲン受容体モデル

ダイゼイン-エストロゲン受容体β複合体モデルのダイゼイン近傍

エストラジオール-エストロゲン受容体β のエストロゲンと,上のように重ね合わせた状態のダイゼインを入れ替えれば複合体モデルとなる.
画像は,複合体モデルから,ダイゼインとその近傍のアミノ酸を単離したところである.