ユビキノン類縁化合物の分子軌道
ユビキノンの機能を理解することを目指して,分子軌道を計算してみた.
ユビキノンは,電子の伝達に関与する補因子である.
動物では,ミトコンドリア内膜の電子伝達系複合体Ⅰ,ⅡおよびⅢにおいて,鉄イオン(鉄硫黄クラスター)との間で電子が授受される.
ミトコンドリア内のエネルギー産生に必須な成分であることから,食品(サプリ),化粧品,医薬品として利用されている.
医薬品としては,うっ血性心不全への適用がヒットする.心筋ミトコンドリアに対する作用であろうと思う.
ユビキノンは p-ベンゾキノン誘導体であり,2 位にメチル基,3 位にイソプレン側鎖,5 位と 6 位にメトキシ基が結合している.
ここでは簡便のため,イソプレン側鎖をメチル基に変換したモデル化合物,2,3-ジメチル 5,6-メトキシ p-ベンゾキノンをユビキノンと表現する.
ユビキノンの 2 電子還元体であるユビヒドロキノンを出発物質とし,電子またはプロトンを 1 個ずつ奪った分子を仮想し,それらの分子軌道を計算してみた.
計算結果から,HOMO(ラジカルの場合は SOMO),ラジカルについてはスピン密度,イオンについては Lowdin 電荷を求めて図示した.
インフォメーション
目次(ページ内リンク)
構造と仮想上の反応経路
ユビヒドロキノン
ユビセミキノン陰イオン
ユビセミキノンラジカル
ユビキノン陰イオンラジカル
ユビキノン
ユビキノン陽イオンラジカル
原子間距離とエネルギー差
構造と仮想上の反応経路
仮想した反応経路を図示する.ユビヒドロキノンを出発点として,プロトンまたは電子が 1 個ずつ奪われてユビキノンに至る.
これは,アスコルビン酸の分子軌道で想定した反応経路と同じである.同じ経路を想定すれば理解が深まるかもしれない,という期待からである.
各分子に名前を付けておく.
- (1) ユビヒドロキノン
- (2) ユビセミキノン陰イオン
- (3) ユビセミキノンラジカル
- (4) ユビキノン陰イオンラジカル
- (5) ユビキノン
- (6) ユビキノン陽イオンラジカル
その他例えば,ユビセミキノンラジカルから電子が奪われて「ユビセミキノン陽イオンラジカル」も生成しそうであるが,計算できなかったので加えていない.
基底関数群と汎関数をうまく選択すれば計算できるかもしれないが.
ユビヒドロキノン
計算条件
- 基底関数系:6-31G*
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:0
- スピン多重度:1
- スピン特殊化:非設定(デフォルトの restricted Kohn–Sham)
HOMO
画像は,ユビヒドロキノンの HOMO である.
PSI4 の計算で出力された Molden 形式のファイルを Gabedit で表示した.等高線の水準など表示に関わる設定は,全てデフォルトである
HOMO の密度は,C1 と C4 で最も高く,次いでこれらに結合した酸素上が高くなった.
アスコルビン酸も同様で,ヒドロキシ基が結合した 2 個の炭素,次いで 2 個のヒドロキシ基の酸素が高くなっている.
ユビセミキノン陰イオン
計算条件
- 基底関数系:6-31+G*
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:-1
- スピン多重度:1
- スピン特殊化:非設定(デフォルトの restricted Kohn–Sham)
HOMO
画像は,ユビセミキノン陰イオンの HOMO である.Gabedit は C-O- 結合を二重結合と解釈した.
HOMO の密度は,解離したヒドロキシ基(O-)上で高くなった.次いで, C2,C4,C6 上である.
ヒドロキシ基の解離に伴い,HOMO の電子は,C1,C4 上から O- 上に移動したと解釈できそうである.
Lowdin 電荷
画像は,自作ソフトで表示して作成した Lowdin 電荷である.赤い球が負電荷を青い球が正電荷を,球の半径が電荷の大きさを表している.
負電荷は,解離したヒドロキシ基(O-)上で高くなっている.
ユビセミキノンラジカル
計算条件
- 基底関数系:6-31+G*
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:0
- スピン多重度:2
- スピン特殊化:uks
SOMO
画像は,ユビセミキノンラジカルの SOMO である.
ユビセミキノン陰イオンの HOMO と比べると,SOMO はベンゼン環上にも広がっている.
スピン密度
画像は,ユビセミキノンラジカルの HOMO である.
PSI4 の計算で出力された Molden 形式のファイルを Gabedit で表示した.等高線の水準など表示に関わる設定は,全てデフォルトである
ユビセミキノンラジカルでは,スピンは解離した酸素上に存在するという計算結果になった.
アスコルビン酸ラジカルでは,C2 や O2' 上でもスピンが表示された.
ユビセミキノンラジカルの方がスピンが局在しているようである.
ユビキノン陰イオンラジカル
計算条件
- 基底関数系:6-31+G*
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:-1
- スピン多重度:2
- スピン特殊化:uks
SOMO
画像は,ユビキノン陰イオンラジカルの SOMO である.
ユビキノン陰イオンラジカルは,2 個のヒドロキシ基が解離してさらに電子が 1 個奪われた状態である.
ユビセミキノンラジカルと比較すると,SOMO は,新たに解離したO- 上にも広がっている.
結果として,ユビヒドロキノンと似た形状となった.
スピン密度
画像は,ユビキノン陰イオンラジカルのスピン密度である.
ユビキノン陰イオンラジカルでは,スピンは解離した 2 個の酸素上に存在するという計算結果になった.
アスコルビン酸ラジカルでも,O2' や O3' 上にスピンが表示された.
ユビセミキノンラジカルやアスコルビン酸ラジカルでは,スピンは解離した 2 個の酸素上に局在しているようである.
Lowdin 電荷
画像は,自作ソフトで表示して作成した Lowdin 電荷である.赤い球が負電荷を青い球が正電荷を,球の半径が電荷の大きさを表している.
解離した 2 個のヒドロキシ基(O-)上に負電荷が存在しているようである.
ユビキノン
計算条件
- 基底関数系:6-31G*
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:0
- スピン多重度:1
- スピン特殊化:非設定(デフォルトの restricted Kohn–Sham)
HOMO
画像は,ユビキノンの HOMO である.
HOMO が,メトキシ基の酸素とそれが結合した炭素上に局在している.
ユビキノン陽イオンラジカル
計算条件
- 基底関数系:6-31+G**
- 汎関数:b3lyp
- 電荷:1
- スピン多重度:2
- スピン特殊化:uks
SOMO
画像は,ユビキノン陽イオンラジカルの SOMO である.
スピン密度
画像は,ユビキノン陽イオンラジカルのスピン密度である.
ヒドロキシ酸素上,およびこれらが結合した炭素上で,スピン密度が高くなっている.
Lowdin 電荷
画像は,自作ソフトで表示して作成した Lowdin 電荷である.赤い球が負電荷を青い球が正電荷を,球の半径が電荷の大きさを表している.
陽電荷は,メトキシ酸素およびメチル炭素上に存在しそうである.これらの原子のスピン密度が低いことと対応しているようである.
原子間距離とエネルギー差
上の計算では,入力構造を揃えたり基底関数セットを統一したりしているわけではない.また,振動解析もおこなっていない.
それを承知した上で,今後の参考とするために,いくつかの数値データを表にまとめてみる.
原子間距離
各構造について,最適化後の原子間距離を測定した.結果を表に示す.距離の単位は Å である.
| - | O1'-H | O4'-H | C1-O1' | C4-O4' | C1-C2 | C2-C3 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| (1) ユビヒドロキノン | 0.972969 | 0.97459 | 1.3786 | 1.36975 | 1.3974 | 1.41082 |
| (2) ユビセミキノン陰イオン | - | 0.973808 | 1.2879 | 1.40123 | 1.44615 | 1.40884 |
| (3) ユビセミキノンラジカル | - | 0.978498 | 1.26019 | 1.35472 | 1.46428 | 1.38584 |
| (4) ユビキノン陰イオンラジカル | - | - | 1.2726 | 1.27263 | 1.45818 | 1.3836 |
| (5) ユビキノン | - | - | 1.22956 | 1.22205 | 1.49892 | 1.35186 |
| (6) ユビキノン陽イオンラジカル | 0.979048 | 0.978801 | 1.32325 | 1.3232 | 1.43339 | 1.38754 |
ユビヒドロキノンの O1'-H と O4'-H とは等価なので,結合距離の差は「誤差範囲」とみなす.
ならば,(1),(2),(3),(6) の O4'-H の結合距離はほとんど変化していないとなる.
C1-O1' および C4-O4' の結合距離は,ユビヒドロキノンからユビキノンへの酸化に伴い,約 1.4 → 約 1.2 に変化している(C-O から C=O に変化する).
他の構造では概ねこの間の値となったが,ユビセミキノン陰イオンの C4-O4' の結合距離はほとんど変化していないようである.
C1-C2 および C2-C3 の結合距離は,ユビヒドロキノンからユビキノンへの酸化に伴い,C1-C2 は増大し,C2-C3 は減少している.
これは芳香環から単結合と二重結合に分岐することに対応していると解釈できよう.
エネルギー差
計算結果から総エネルギーと軌道準位を抜粋し,差分を求めてみた.
単位はわからないが,多分 Hartree と eV だと思う.
| 入力構造 | 総エネルギー | 総エネルギーの差 | HOMO/SOMO | HOMO/SOMO + 1 | 軌道準位の差 |
|---|---|---|---|---|---|
| (1) ユビヒドロキノン | -690.3405647860462295 | - | -0.188161 | 0.008427 | 0.196588 |
| (2) ユビセミキノン陰イオン | -689.8040744188743929 | (2) - (1) = 0.536490367171837 | -0.008432 | 0.100535 | 0.108967 |
| (3) ユビセミキノンラジカル | -689.7481387228314134 | (3) - (2) = 0.0559356960429795 | -0.195249 | -0.016106 | 0.179143 |
| (4) ユビキノン陰イオンラジカル | -689.2050525798131275 | (4) - (3) = 0.543086143018286 | -0.018801 | 0.109015 | 0.127816 |
| (5) ユビキノン | -689.0659235075002016 | (5) - (4) = 0.139129072312926 | -0.230793 | -0.107955 | 0.122838 |
| (6) ユビキノン陽イオンラジカル | -690.1304988193438703 | (6) - (1) = 0.210065966702359 | -0.385532 | -0.181230 | 0.204302 |
プロトンの放出((1)→(2),(3)→(4))に伴う総エネルギーの差 は,0.5 あまりであり,電子の放出((2)→(3),(4)→(5),(1)→(6))に伴う総エネルギーの差より大きい.
電子の放出では,(6) のユビキノン陽イオンラジカルの生成に伴う総エネルギーの差が最も大きい.
軌道準位の差も,これらの観察に符合する.
プロトンより電子のほうが動きやすい,と表現していいものかどうか(プロトンや電子のエネルギーをどう評価すればよいのか知らない).